近年、職業や働き方の多様化に伴い、働き手が新たなスキルや知識を習得する「リスキリング」や「リカレント教育」が注目を集めています。こうした背景のなか、多くの人々が専門知識を求めて学びの環境に身を置き、そこから新たなキャリアを築いています。
1963年、インテリア・建築・家具デザインの専門学校として創立した「ICSカレッジオブアーツ(以下、ICS)」では、現役で活躍する建築家やデザイナーの講師陣のもと、短期間で即戦力として活かせる高い専門性を身につけることができます。
また、昼間部と夜間部を備え、働きながら学べる環境や、社会人経験のある大人がデザインをゼロから学べる多様な環境が整っているのも特徴。
今回は、一度社会人を経験したうえで、学び直しのため2年制・昼間部のインテリアデコレーション科を卒業した鶴見拓哉さんと磯田菜摘さんに、入学を決断したきっかけやICSで学ぶことの魅力をうかがいました。
異業種から飛び込んだインテリアデザインの世界
――お二人の現在のお仕事内容を教えてください。
鶴見拓哉さん(以下、鶴見):僕は、オフィスや店舗、展示会場などの設計から施工管理までを手がけるVARELという会社に勤務しています。施工管理をメインにやることが多いですが、デザインから頼まれたり施工だけだったりとお客様によってさまざまなケースがあるので、施工図やパースを描くこともありますし、サイングラフィックを考えるなど幅広く対応しています。
磯田菜摘さん(以下、磯田):私はエーアンドエスカンパニーという会社で、店舗設計を担当しています。母体がサザビーリーグといってアパレルをメインに展開している会社なのですが、そのジュエリー部門になります。現在全国に自社の店舗があり、改装や新店出店の際などに図面を描いて、進行から現場確認まで全般的に行っています。
――お二人とも社会人を一度経験後、ICSに入学されていますが、きっかけはなんだったのでしょうか?
鶴見:僕は大学を卒業して、3年ほど働いてからICSに入学しました。大学では経済学を専攻していたので、貿易関係の仕事に就きたくて宝石の商社に就職しました。営業職でしばらくやっていたのですが、僕自身宝石を身につけることがあまりなく、扱っているものにそれほど興味を持てずやりがいを見出せなくなってしまって。でも仕事は一生ものなので、それなら興味が持てることをやりたいと思ったんです。
思い返してみると、僕は高校生の頃から家具などが好きで、よく目黒通りのインテリアショップなどで家具屋めぐりをしていました。このまま転職しても同じような結果になりかねないので、自分の好きなインテリアでスキルを身につけられる方法はないかと調べるうちに、ICSの存在を知りました。
――まったく異業種からの方向転換ですが、もともとインテリアがお好きだったんですね。
鶴見:はい。仕事をする上でメンタルの安定ってとても大切で、いくらいい会社に入ってもやりがいがなければ続きません。だからこそ、自分の好きな分野で仕事ができるようにしっかりスキルを身につけて、30歳までに再就職しようと決めて会社を辞めました。
――磯田さんはいかがですか。
磯田:私は最初アパレルの会社に就職して、デザイナーとして服づくりをしていたんです。でも服飾系の専門学校を出たわけではなく、現場で専門知識を学びながら実践を重ねていました。
アパレルは年に数回展示会があり、設営を自分たちで手がけたことがあったのですが、そのときに「服づくりよりもこっちのほうがおもしろい」と思ったのが転身のきっかけです。たしかフリースペースのようなところを借りて、そこに商品や什器を持ち込み、装飾も含めた空間設営をしたんです。
――店舗設計の道に進むのは想定外で、たまたま仕事をする中で興味がわいたのですね。
磯田:そうですね。そのときにはじめてインテリアデザインというものを意識しました。それが29歳のときで、転身するなら早いに越したことはないと考えて、短期間で専門的なことを学べる場所を探していたんです。そこでICSに2年間で学べるコースがあることを知りました。社会人経験のある人も多く入学していて、ここなら続けられそうだと思い、退職して通いはじめました。
授業や課題提出で培ったデザイナーとしての思考
――実践力や即戦力を養う専門性の高い授業がICSの魅力でもありますが、当時印象的だった授業や制作の思い出はありますか?
鶴見:ICSには「DT(Design Tutorial)」という、現職の建築家の先生が課題を出す授業があるのですが、その初回が印象に残っています。さいたま市にある別所沼公園に「ヒヤシンスハウス」という小さな建築物があって、それを自分ならどう運用するかというアイデアを出すものでした。
案を詰めて最後はプレゼンまでおこなうのですが、いろいろなことを学べる場所にしたいと提案したところ、「政治家のアプローチみたいでおもしろくない」と最初にバッサリ言われて、結構なダメージをくらいましたね(笑)。
――勉強ができる場を想定されたんですか?
鶴見:そうですね。そこに行ったら何かしら学べるような。でも、学ぶ場所なら机一つあればいいですし、そういう場所として人を呼び込むにはどんなアプローチの仕方があるのか、色や形はどうするのか、公園という立地も活かして、デザインや造形でいかに人を動かすかといった視点が必要だったと思うんです。
最終的には本を読むスペースとして案をまとめていったのですが、優秀作品の一つに選ばれました。デザイナーとしての考え方の根本を学んだという意味でも、とても印象深い授業ですね。
磯田:私も最初の授業だったと思うのですが、お金を使わず、その辺に落ちているものを使ってモビールをつくるという授業があったんです。当時はモビールが何かもわからずすごく難易度が高かったですし、しかも前職で服づくりをしていたこともあって、とにかく目の前のプロダクトを完成させることだけに集中しすぎていました。
そのとき優秀作品に選ばれたのが、ゴミとして捨てられていたハンガーを複数集めて変形させた、鳥の巣のようなモビールでした。その空間にモビールを設置したときの動きや見え方まで計算されていて、そこまで含めてようやく完成にいたるという作品だったんです。
私はプロダクトデザインの発想が頭から抜け切れていなかったのですが、なるほどなと思いました。インテリアデザインは「点」ではなく、まわりの空間との調和も含めたデザインでなければいけないと改めて教えてもらいましたね。
――お二人とも最初の授業でガツンと大きな気づきがあったのですね。ほかに、在学中に苦労されたことなどはありましたか?
鶴見:これも「DT」の授業ですが、課題提出の思い出が頭にこびりついています(笑)。一連の流れとしては、最初にアイデアを出すところからはじまって2回ほど中間発表があり、アイデアが固まったら図面を描いて模型をつくります。
そして最後にプレゼンボードで発表するのですが、僕は最初のアイデア出しの段階で毎回時間を使いすぎてしまうんですよね。図面や模型など、本当はじっくり時間をかけたいところで時間がなくなって、夜な夜な苦しみながら提出するというのがパターンでした。
――アイデアを出すのが難しかったということですか?
鶴見:やっぱりアイデアがきちんと練られていないと途中で矛盾が出てきたりするので、最初のアイデア出しって結構大事なんですよね。あとは僕自身「どうしようかなー」と考えている段階がいちばん楽しいので、それも時間をかけすぎてしまう理由ですね。
磯田:まったく同じで、課題提出にいちばん苦労しました。インテリアデコレーション科は学ぶ期間が短いので凝縮しているせいもあると思うんですが、次々と出される課題の締め切りに追われ、私も提出前は夜遅くまで作業することがよくありました。
鶴見さんが言われたように、後々ブレないためにも最初のコンセプト決めがとても重要で、最初にしっかり軸を固めた上で肉付けしてくのが理想なのですが、ついデザインを先行してコンセプトが後付けになってしまったり。
ただ、私の場合は就職してもその苦労からは抜け出せていないですね。もちろん期限までには完成させるのですが、ギリギリまでブラッシュアップを繰り返して、やっぱりいまでも寝不足のままプレゼンに臨んでいます(苦笑)。
――クリエイティブ職の性なのかもしれないですね。お二人とも同じように課題の提出に苦労されたということですが、どのように乗り越えられたのでしょうか。
鶴見:乗り越えられていたんでしょうか(笑)。やっと終わったと思ったらすぐ次の課題が始まるみたいな感じでしたよね。
磯田:本当に。でもやっぱり一度仕事を辞めてきているので、もう後戻りはできないですし、とにかく前に進むしかないという覚悟はあったように思います。
鶴見:そのモチベーションはたしかに大きかったですね。高校を卒業してすぐに入学してきている人も多いのですが、我々は社会を一度経験しているという意味ではタフさもありました。あと、発表までの間に何度か先生との打ち合わせを経て、ブラッシュアップしながら完成にいたるのですが、それがとても助けになりました。先生方がついて熱心に指導してくださる環境は、ICSのよさだと思います。
磯田:そうですね。プロとして現役で活躍されている方々が相談にのってくれてアドバイスをくれるので、それはとても勉強になったし励みにもなりました。
物事を観察し、自分なりの表現や言葉で伝えることの大切さ
――ICS時代に先生方から受け取った印象的な言葉や、いまに活きていると感じる学びやスキルはありますか?
磯田:たしか建築家の先生がおっしゃった、「名作がかならずしも正解ではない」という言葉をよく覚えています。世の中に名作として知られる家具は数多くありますが、そのすべてが正解なわけではなく、自分なりの正解と不正解を見つけて、なぜそう思うのか自分の言葉できちんと言語化できるようになりなさいと教わりました。
もう一つ、これもおそらく現役で活躍されている先生の言葉だったと思いますが、「人に何かを伝えるときは取り繕った言葉ではなく、自分の内側から出る言葉で伝えなさい」と言われたのも印象深いですね。
実際に社会に出て仕事をする上で、自分が立てたロジックを言語化してクライアントに伝えることはとても重要で、同じ内容でも言葉一つで相手への伝わり方や説得力が変わりますよね。いまのプレゼンの場で、その先生方の教えがとても役立っています。
鶴見:僕は技術的なスキルでいうと、Vectorworks(ベクターワークス)というCADのソフトにICSの授業ではじめてふれて、扱えるようになったことがとてもよかったです。いまの仕事でVectorworksを使うことが多いので、授業で基礎から応用まで丁寧に教わったおかげで即戦力として活かせました。
鶴見:あとはお客様から依頼をいただく際に、「ナチュラルな雰囲気にしたい」など、ざっくりとしたイメージでくることが多いんですよね。そのときに僕なりに心がけているのは、お客様が納得しやすいようにわかりやすい言葉でディテールを伝えることです。その力が身についたのは、やはり授業でのプレゼンの訓練が大きいですね。
それと、「デザインハンティング」という授業の「デザイン描写」の課題も意外に役立ったと感じていて。自分が気になるデザインを取り上げ、なぜそれがいいデザインだと思うのか、そのもののどのような部分に惹きつけられるかを分析し、スケッチや文章で表現する課題なのですが、ディテールを捉える力や観察する力がとても身につくので、仕事で細かい図面を描く際などにこの課題での経験が活きています。
磯田:デザインハンティングの中の「人物観察」の課題は私も役立っていると感じます。街にいる人を観察して年齢や性格、趣味など人物像を想像しながら写生し、その人がどのような家やインテリア、家具、小物を好むかを分析するという課題です。
ICSを卒業して最初に就職した会社では主にクライアントワークを担当していたのですが、先方からはとても端的な要望がくることもありました。その言葉の背後にある気持ちを汲み取るといった観察力や想像力が身についたのは、この「人物観察」のおかげだと思っています。いま思い返すと、この課題にはそういった力を身につけるという意図があったのかもしれません。
自身の決断とICSとの出会いでいまがある
――改めて、ICSに通ってみて感じる、学びの魅力やメリットにはどんなことがあると思いますか?
鶴見:デザイン的な思考と、即戦力として活かせる技術の両面が授業の中でしっかり身につくところだと思います。それに設計事務所で働いている方々が先生として教えてくださるので、そこでインターンができたりそのまま就職したりする人もいて、そうした関係性をつくりやすいのも魅力ですよね。
磯田:同じくより実践に近い授業が受けられることと、私たちのように一度社会に出て学び直す人にとって、短期間で学べて再就職ができるのはとても大きなメリットです。
また、ICSは留学生の割合も多いので、モンゴルや中国出身の学生とたくさんコミュニケーションがとれたのもよかったですね。文化の違いなどが作風にも表れるので、日本人にはなかなかない発想にふれるのは新鮮でした。
あとはなんといっても先生方が個性派ぞろいで、生徒の目から見てとてもおもしろかったです。いろいろな先生のいいところを、うまく盗みながら学べると思います。
――当時を振り返ってみて、会社を辞めて学び直すことに対しての不安などはなかったですか?
鶴見:もちろんありましたが、あのまま我慢して働いているより、長い目でみてとてもいい選択ができたと思っています。学び直すことに躊躇している方もいるかもしれませんが、いま踏みとどまったとしても、おそらくまた同じことで悩むと思うんですよね。僕自身「迷ったらGo」だといつも思っているので、あのとき行動して本当によかったです。
磯田:私も迷いはなかったですね。服づくりはしていましたが、資格やこれといった強みがなかったのがコンプレックスで、そのためもう一度きちんと学んだ上で次のステージに行くんだという強い思いがありました。実際にいまの仕事にはとてもやりがいを感じています。
学び直しは何歳になってもできますし、ICS にも30代や40代の方もいましたが、動けるなら早いうちに越したことはないので、行動あるのみだと私も思っています。社会に出ると厳しいこともありますが、いまの在校生の方々もぜひ頑張ってほしいですね。
文:開洋美 撮影:井手勇貴 取材・編集:萩原あとり(JDN)