そんな同校では現在、70周年の記念プロジェクトとして、さまざまな周年企画を実施している。70周年記念のロゴマークの制作や著名デザイナーによる講演会、学内展示など、これまでの桑沢を振り返り、これからの桑沢を考える多くの機会が用意されている。
今回は、プロジェクトの実行委員長を務めるスペースデザイン分野の専任教員・髙平洋平さんと、プロジェクトの発案者であり、企画立案を担当しているビジュアルデザイン分野の専任教員・鈴木一成さんに、プロジェクトを通して伝えたいことや、桑沢の未来についてお話をうかがった。
桑沢の70年の歴史を振り返り、将来像を考える機会に
――まずは、お二人が携わっている「桑沢デザイン研究所70周年記念プロジェクト」についてお聞かせください。
鈴木一成さん(以下、鈴木):70周年という節目を迎えるにあたり、桑沢の歩みを振り返る機会を持ちたいと考えていました。今回のプロジェクトでは、桑沢の「これまで」を振り返りながら、「これから」について考えていく企画を実施しています。
髙平洋平さん(以下、髙平):教員である我々としても、学生たちに一方的に何かを教えて終わるのではなく、自分自身でも桑沢の未来を考えるきっかけをつくりたかったんです。これまでの70年間に桑沢を卒業されていったデザイナーたちの偉業を振り返り、改めてリスペクトの気持ちを持ちたいという想いもありました。
鈴木:桑沢の将来像をじっくりと考えるために、大きな花火を打ち上げるのではなく、1年間を通して発信し、考える機会になればと思っています。周年事業という絶好の広報機会を活用しながら、歴史あるデザイン学校としての桑沢の価値をさらに高め、発信していきたいと考えています。
――70周年記念のロゴマークも制作されたとうかがいました。どのようなコンセプトで制作されたのですか?
鈴木:現在の桑沢のロゴマークも手がけられている、第10代所長の浅葉克己先生にデザインを依頼しました。浅葉先生は「デザインは丸と三角と四角から成り立つんだ」とおっしゃっていて、今回の70周年のロゴにもデザインの基本要素となる丸、三角、四角があしらわれています。
デザインのコンセプトや意味はうかがっていないですが、三角を7つ並べる形で70周年を表現しつつ、余白を残すことで、これからの桑沢の未来をあらわしているのだと思います。
髙平:「70」という数字から伸びている部分が、まるで水平線のように見えますよね。「これからの桑沢の70年を見据えている」というメッセージが込められたデザインだと解釈しています。
「対話」を通じて、新しい発見をするためのきっかけづくり
――今回のプロジェクトではどのような企画を実施しているのですか?
鈴木:浅葉克己先生やロンドンを拠点に活躍しているデザイナーのエイブ・ロジャース氏など、著名なデザイナーや渋谷区長をお招きした講演会をはじめ、学内での展示企画や外部講師によるオープンレクチャーなどを開催しています。
髙平:「対話」を通して考えるきっかけを持ちたいという想いもあり、年間で10回の講演会を実施予定です。11月には桑沢とも関係の深い、ドイツのバウハウス・デッサウ財団の先生をお招きして、パーティーも開催します。
鈴木:講演会は、学生たちが自ら新しい発見をするためのきっかけになればと考えています。桑沢には約700人の学生がいますが、それぞれにとってトリガーとなる部分は異なると思うんです。そうしたきっかけを増やすために、講演会の機会を多く設けることにしました。
講演内容は、デザインに直接結びつくものばかりではなく、未来を見据えたビジョンや広い視野を持つことに焦点を当てています。外部からの刺激を積極的に取り込み、桑沢にない視点やアイデアを取り入れることで、新しい発見や成長が生まれると考えています。
髙平:あと、先人たちのリスペクトを忘れないためにも、桑沢が預かっている貴重な作品を学生たちが見たり、触れたりできるような機会も積極的につくっていきたいです。作品に触れられる機会ってなかなかないですから。
鈴木:「対話」という意味では、我々教員のことを学生たちに知ってもらう機会にもできたらと考えています。実際、桑沢の学生たちは、我々教員が何者で、普段どのようなことをしているのかを知る機会がほとんどありません。デザインに対する教員の考え方や、普段学内外でどのような取り組みをしているのかについて、学生たちも知ってもらうことで、相互理解を深めていきたいですね。
――授業でも、70周年プロジェクトを意識した課題に取り組まれているのでしょうか?
髙平:僕自身は特に「70周年だからこれをやろう」と考えてはいません。ただ、例えばジェンダー問題や環境問題といった、現代の課題をデザインに反映させるためにはどうすればいいか、学生自身が調べる機会や、リサーチした内容を発表する場を設けています。「商空間」というインテリアデザインの授業の中では、「ラグジュアリーとは何か」を定義することをテーマに取り組みました。
インテリアデザインは、消費されていくデザインの一つです。僕が以前勤めていた事務所は西麻布にありますが、周辺では再開発が急速に進んでいます。高級な商業施設が立ち並ぶ一方で、インテリアデザインは何億円という金額をかけてつくられるにも関わらず、数年単位で消費されてしまう。その一過性の寂しさや、消費されることの無意味さを感じていました。
そこで、森ビルの開発事例を見せながら、「本当のラグジュアリーって何だろう」という問いを、学生と対話しながら一緒に考える授業を展開しています。
鈴木:ビジュアルデザイン分野では、浅葉克己先生に70周年記念のロゴを自由に使用する許可をいただいて、「今後70年の未来」をテーマに、ロゴを用いた5秒のモーショングラフィックを制作しています。学生のアイデアは桑沢の公式SNSに毎日投稿したり、学校説明会やオープンキャンパスで流したりなど、広報活動にも使われています。
大御所のデザイナーがつくったデザインを自由に動かすのはなかなかできないことです。学生自身が浅葉先生のロゴデザインを解釈し、自分の中で動かして制作しています。
鈴木:また、桑沢では創立当初から、バウハウスのカリキュラムを参考にした課題をおこなっています。課題に取り組む際には、バウハウス設立当時のデザインの状況や、なぜそのデザインが社会に必要とされたのか、桑沢でこの課題をおこなう理由を都度説明し、紐解きながら進めています。
学生たちは「新しいものをつくりたい」という強い意欲を持っていますが、「新しいと定義されるのは何なのか?」というと、歴史を振り返った時に次にくるものです。そこのベースがないと本当の意味での「新しいもの」は生み出せないと思います。
そのため、毎回歴史を振り返ってから課題に取り組ませています。過度に「自分らしさ」を追求するのではなく、自分の内にある根本的なものをどのように引き出し、現代にフィットしつつも、オリジナリティのあるデザインをどうつくり出すか、その過程を教えています。
遠回りしながら、自分らしいデザインの道を模索する場所
――お二人は桑沢の卒業生でもありますが、在学当時と比べて変化したこと、変わらず継承され続けていると感じることはありますか?
髙平:学生との向き合い方が変わってきていると感じます。僕が桑沢の学生だった頃は、指導が厳しい先生が多かったんです。でも、先生と学生としてではなく、デザイナーとして真正面からぶつかり合うことができる環境でもありました。
鈴木:本当に厳しかったですよね。提出した課題が理由もわからないまま即却下されて、やり直しになることばかりでした。学生も、そんな先生たちに反抗心を抱きながら、ひたすら課題に取り組んでいましたね(笑)。
髙平:先生も学生も、それだけ本気だったんですよね。現在は時代の変化もあって、学生に気を遣うあまり、お互いに踏み込みにくく、もどかしさを感じることもあります。そんな中でも、がむしゃらに飛び込んできてくれる学生は確かにいます。相手が本気でぶつかってくるのだから、それに僕も応えたいし、一緒に考えていきたい。そこから花咲く学生もいるので、とてもやりがいを感じています。
鈴木:いまの学生たちは当時の僕らと比べるとすごく真面目で、熱心に取り組んでくれますが、失敗や怒られることを恐れる傾向にある。ですが、ただ言われた通りにこなす優等生であることが果たして実力に結びつくのかというと、それはすごく難しいところです。
だからこそ僕は、課題を通してなるべく失敗を経験させたいと思っているんです。課題の説明文を読み込んで、自分の頭で考えて理解しないとゴールにたどり着けないような課題設定を意識的にしています。時代に応じて学生の導き方も変わりつつありますが、「学生に本気になってもらいたい」という本質は変わらないのだと思います。
――今後、桑沢に入学される方に期待することはありますか?
鈴木:やはり、本気度が高い人に来てほしいですね。チャレンジ精神を持って取り組める人が集まってくれたら嬉しいです。努力した先に何があるかは人それぞれですが、桑沢で学んだ時間が、後悔のない人生を歩むための通過点であってほしいと思っています。
髙平:僕はよく「遠回りしてくる人に来てほしい」と言っています。僕自身、すごく遠回りして桑沢に入学したのですが、ここには、年齢層や属性、国籍も異なる、多様なバックボーンを持つ人たちが集まってきます。いろいろな経歴の方と交流して、それぞれが見てきたもの、感じたものを共有することが、僕にとっていい刺激になっていました。人と違った選択をすることを恐れない人にこそ、桑沢の門を叩いてほしいです。
鈴木:ほかの人が経験していないことを経験するのって、成長に繋がるチャンスでもありますよね。「なぜ自分だけ」と悲観的になることもあるかもしれませんが、それって実はそれほどネガティブな要素ではないよ、という話は学生にもしています。
鈴木:もう一つ伝えたいのは、「生き方は自由に決めていい」ということですかね。僕は桑沢に入学した当初、絵描きになりたかったんです。ですが、まったく違うコースにへ進み、当時思い描いていた未来とは違う道を歩んでいます。結果、いまがすごく楽しいので、一切後悔はしていません。
髙平:僕も桑沢に入った時点ではビジュアルデザインを専攻したかったのですが、鈴木先生と同様、まったく違う道に進みました。入学後に進路を変える学生も多いですよね。
鈴木:桑沢は2年次の進級時に分野を選択するので、そのタイミングで進路を変える学生も多いです。もちろん、卒業後に異分野に挑戦する学生もいます。あくまで僕の持論ですが、デザイン思考が取り入れられることによって、自分の意志で生き方をデザインしていく力を養うことにも繋がるのではないかと思っています。
髙平:デザイン学校として未来のデザイナーを育てるのはもちろんのこと、自分の生き方を主体的に選択して実行することができる人も育てていけるような場所でありたいですね。
先人たちが築いてきた歴史や想いを次世代へ繋いでいく
――最後に、今回のプロジェクトでお二人が特に伝えたいことについてお聞かせください。
鈴木:70年という年月が長いのか短いのかはわかりませんが、これまでの積み重ねがあったからこそ、いまの桑沢があると思っています。礎を築いてくれた方々への感謝を忘れないでいきたいですし、これからの時代をつくる若い世代にも、その積み重ねをさらに発展させてほしいと願っています。
髙平:プロジェクトが立ち上がった時にまず考えたのは、「いまの桑沢は、桑澤洋子先生が創立当初に描いていた70年後の姿になっているのだろうか」ということでした。おそらく、いまの段階では理想の姿だとは言えないと思うんです。だからこそ、桑澤洋子先生が思い描いた未来に近づけていきたい。70年後の人たちがいまの桑沢をどう評価するかを考えながら、先人たちが築いてきた歴史や想いを、未来へ繋いでいけたらと思います。
鈴木:講演会のゲストに打診する際、「70年後の未来」について、デザインを通してお話しいただきたいということを伝えていました。これは、70周年を迎えた桑沢が、折り返し地点に立っているという考えからです。過去の70年があったからこそ、これからの70年も続けていけるはずですし、140年続けばさらに280年続くこともあるかもしれない。こうした未来志向のマインドで進んでいくことが重要だと感じています。
■「桑沢デザイン研究所70周年記念プロジェクト」特設サイト
https://www.kds.ac.jp/70thproject/
取材:粟屋芽衣(Playce)、撮影:高木亜麗、編集:岩渕真理子(JDN)