第1回の「CSデザイン賞」に続いて、今回フォーカスするのはアートコンペ「害蟲展」。一般的に私たち人間の暮らしを脅かすものとして扱われる害虫や害獣。「害蟲展」では、そんな生き物たちと人間の関係性を問うきっかけとなることを目指し、害虫や命の存在意義をテーマに平面・立体を問わず幅広い作品を公募し、表彰・展示している。
当コンテストを主催するのは、害虫・害獣の駆除事業を展開するシェル商事のグループ会社である8thCAL(エシカル)株式会社。今回8thCALの代表取締役を務める岡部美楠子さんに、啓蒙活動としてコンテストを開催する理由や都市衛生への想いについてお話をうかがった。
害虫駆除ではなく、棲み分けにより人と自然が共生する仕組みづくりを
――はじめに岡部さんが代表を務める8thCALについて教えてください。
8thCALは、人間と自然が生活エリアをうまく棲み分けて共生することを目指して2018年に設立し、都市衛生についての啓蒙や教育、害虫・害獣の予防事業をメインに展開しています。立ち上げのきっかけは、父が創業したシェル商事という会社を2010年に私が引き継いだことでした。
シェル商事は1960年の創業以来、建築物の害虫・害獣駆除を主軸に事業展開してきました。父が体調を崩して私が会社を継ぐことになったものの、正直なところ、害虫駆除という仕事に対してモヤモヤした気持ちを晴らせないでいたんです。人間が衛生的に暮らすために必要な仕事とはわかりながらも、人間の一方的な都合で生き物の命を奪ってよいのか。そんな「問い」と向き合い続け、人間と生き物が生活エリアを分けて共生する仕組みが大切なのでは、と考えるようになりました。
そういった想いから、人間とさまざまな生き物が共生するためのコンサルテーション事業を主軸とした8thCALを設立しました。シェル商事では害虫駆除事業を継続しながら、8thCALでは人間と害虫の棲み分けを実現するための「啓蒙」「教育」「予防」の3事業をおこなっています。
――8thCALの事業活動のひとつとして「害蟲展」を開催しようと思った理由を教えてください。
「害蟲展」は8thCALの3つの事業の1つである「啓蒙」のためにはじめた活動です。人間の衛生環境を守るための害虫駆除は、人間や環境に悪影響をおよぼす危険をはらんでいます。殺虫剤での駆除を繰り返すことで、薬剤に耐性を持つ生き物が出てきてさらに強い薬剤が必要になり、人体に被害を与えかねません。また、そのエリア一体の生態系のバランスを崩す要因にもなります。
しかし日本では、害虫駆除はビルメンテナンスの一環としておこなわれているため、普段の生活で一般の人々が害虫駆除による影響を意識することはほとんどない。そんな中で「害虫と人間の棲み分けをしよう」と言っても誰も振り向いてはくれませんよね。そこでまず害虫と呼ばれている生き物の意外な一面を知ってもらうことで、共生相手として認識してもらいたいと思ったんです。
――そうしてはじまったのが「害蟲展」だったんですね。
武蔵野美術大学を卒業して商業品のデザイナーとして働いていた経験から、デザインやアートなど視覚でのコミュニケーションは、言葉以上の力を持っていると感じることが多くありました。アートは広く開かれたもので、言語も文化も性別も越えて表現できる。だからこそ正論を言うだけでは伝わらないメッセージも、アートの力を借りれば伝わるのではないかと思ったんです。
また本物の虫を見ると拒否反応が出てしまっても、アート作品であれば抵抗なく見られる人も多いです。アート作品が「虫への恐怖心を和らげる装置」としてうまく機能することで、より多くの人にメッセージが伝わると考えました。
相互性とクオリティを求め、コンテストを実施
――啓蒙にはさまざまな手法がある中で、「コンテスト」を選んだ理由を教えてください。
相互性とクオリティの両方を担保できるのがコンテストだと考えたからです。例えばマス向けにCMを打つ場合、コミュニケーションが一方通行になってしまいます。害虫に対する考えを深めてもらうためには、発信側と受け手側が相互にコミュニケーションできる施策がふさわしいと思いました。一方でワークショップであれば参加者との対話は可能ですが、1回の開催で人の意識を変容するところまでクオリティを持っていくのはハードルが高い。
コンテストであれば受賞作品展での鑑賞を通じて、見る人が作家の想いとコミュニケーションをとれますし、コンテスト形式なので作品のクオリティもおのずと高まります。特に作品のクオリティには毎年驚かされているんです。受賞作品の多くは、事前エントリー時期が早く、締切間近のタイミングで送られてきます。時間をかけてテーマと向き合ってくださったと感じる作品が多く、見ただけでメッセージがひしひしと伝わってくるんです。これはコンテストという手法でなければ叶えられないことだと思います。
コンテストは、共感で人をつなげるプラットフォームになる
――「害蟲展」を開催し、どのような反響や成果がありましたか?
2018年の開催から、年々同じ想いを持った仲間が増えている実感があります。4回目の開催となった2023年の「害蟲展」から、殺虫剤・防虫剤メーカーのKINCHO(キンチョー)さまがスポンサーとして参加してくださっています。これまでの「害蟲展」での活動に興味を持っていただき、ありがたいことにKINCHOさまのほうからお声がけいただきました。
「害蟲展 season5」では、ギャラリーなどアート界隈の方にも協賛いただき、コンテストとしての格も高まりつつあるのかなと。仲間が増えれば増えるほど、コンテストの規模も大きくなり、一般の方々にも届きやすくなる。「継続は力なり」とよく言いますが、まさしく続けることで反響が大きくなっていると感じています。
――「害蟲展」をはじめた当初は想定していなかった、思いがけない反響や成果はありましたか?
第1回の「害蟲展」で入賞した方が、紆余曲折あって8thCALに参画し、いま一緒に働いています。彼はもともと東京大学でショウジョウバエの研究をしていて、卒業後は大手通信会社でデータ解析をしていました。コロナ禍で時間ができたのを機に「害蟲展」に応募してみたそうです。入賞後、直接お話しする中で8thCALの目指す社会に共感してくれて、一緒に働くことになりました。
開催当初はコンテストがリクルーティングにつながるとは思ってもみませんでしたが、結果として当社の事業活動を後押ししてくれる仲間と出会うことができました。
――今後コンテストの枠を超えた価値が「害蟲展」から生まれていきそうですね。
「害蟲展」は、虫が好きだったり自然との共生を大事にしたかったりという気持ちを軸に、いろんな人が集まりやすいのだと思います。直接的な収益を求めるつながりではないからこそ、思いがけない化学反応が生まれるプラットフォームになり得ると考えています。先ほどお話ししたKINCHOさまの協賛や、リクルーティングも一つの事例です。
ほかにも入賞したアーティストの方が自分の個展に審査員の方々を招待するなど、いたるところで新たなつながりが生まれています。作家、来場者、スポンサー企業、審査員、そして8thCAL。事業とアートの両面でそれぞれが自由にコラボレーションできるような環境を整え、プラットフォームとして「害蟲展」をさらにスケールアップしていきたいですね。
日本、そして世界に向けて都市衛生の意識を変えていきたい
――「害蟲展」の今後の展望について教えてください。
「害蟲展」も含め、8thCALでは「人間と生き物の棲み分け」の重要性について発信していますが、まだまだ社会的な認知を獲得できていないのが正直なところです。ただ「害蟲展」での活動を通して、諦めずに伝えつづければ少しずつ人々の意識を変えられると実感しました。
特に強く実感したのは、「害蟲展」に来てくれたある男の子の言葉です。「害虫はキモいと思っていたが、害蟲展を見て印象が変わった。虫たちにも生きる理由があり、簡単に命を奪ってしまうのは悲惨だと思った」と会場に置いてある来場者ノートに書いてありました。この男の子のように害虫への視点を変えるような体験を、これからもつくりつづけたいと思います。
――最後に「害蟲展」を含め、8thCALの未来像について教えてください。
先日、世界中の害虫駆除企業や昆虫学者が集まるアジア・オセアニア大会に出席した際、改めて危機感を覚えました。いまだに多くのアジアの国では、都市の衛生環境整備が十分ではない中で、感染症から人々を守るために強力な殺虫剤が大量に撒かれている現状があります。
日本で殺虫剤の使用量を減らせたとしても、ほかの地域で大量に殺虫剤が撒かれれば、そこでの生態系は崩れ、その影響はやがて地球全体に広がっていく。都市衛生の問題は決して日本だけの問題ではなく、地球規模で取り組むべき問題です。だからこそ世界中の都市衛生への意識を変えるために、ゆくゆくは「害蟲展」もグローバルに展開していけたらと思います。
執筆:濱田あゆみ(ランニングホームラン)、撮影:加藤雄太、取材・編集:猪瀬香織(JDN)
害蟲展
https://sites.google.com/8thcal.design/exhibition/
8thCAL株式会社
https://8thcal.design/
2024年8月31日(土)~9月12日(木)東京会場、以降、大阪・九州で受賞入選作品の巡回展を開催しています。公式サイトをご覧の上、ぜひお越しください。
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